「大地の恵み」


ある晴れの日。たぬきがポップしたのは、ジャガイモ畑です。
皆ジャガイモの特性を持つ、ホクホクたぬきばかりが生まれました。

収穫の邪魔になるので、次々とカゴの中に放り込まれ、農家の人たちのお昼としてその場で調理されていくのがホクホクたぬきの運命です。
ジタバタと手足は揺らすものの、反射のようなものでどのたぬきも特に抵抗はしていません。
水を張ったバケツに沈められ、全身の土を落として洗われると、より一層おとなしくなりました。
しっぽを残して全身を拭きあげられ、ブルーシートの上に並ばされます。
濡れているしっぽを気にして持ち上げたり、服で拭いたりしているので、ションボリとその場から動きません。


実はホクホクたぬきは皮を剥かずともジャガイモのように食べられるという特性があり、
たぬきである点さえ気にしなければ、割と手軽に美味しく食べられるのでした。
ただ一つ、注意点がありますがーーー。


早速、何匹か煮えたぎる油の中に放り込まれてフライドポたぬとして揚げられ、ビクンビクンと震える身体に塩をまぶされ、ザクザクとした食感と共に熱々のまま、出来たてを食べられていきます。
グラグラと湯だった鍋の中に漬けられた後にすり潰され、マヨネーズを和えてもらってポたぬサラダにされたり、マッシュポたぬとして湯煎して温められたレトルトのたぬバーグの付け合わせにされた者もいます。

ふつうのたぬきなら悲鳴をあげ、泣き叫び、糞尿を漏らし、ジタバタするところでしたが、
食べ物からリポップした類のたぬきの本能により、美味しく食べられる事は本望でした。

網の上に寝かされたホクホクたぬきは、
お腹に十字の切れ込みを入れられた後、傷口にバターを載せられ、香ばしい匂いをさせながら仰向けで焼かれていきます。
美味しく食べられる事が至上の喜びでしたので、ジタバタする事もなく、体の上のバターが溶けていくのをじっと待ちました。
「美味しくなりましたし…食べごろですし…」
バターのコクがプラスされ、ジャガばたーぬきとしてレベルアップした事を喜びながら、こちらも熱々のまま頂かれました。


仲間達が続々と調理されていく中で、
「ここ…あったかいし…もうちょっとだけここで寝るし…」
畑の土の上でしっぽを抱えて丸くなっているのは、他より少しのんびりした性格のホクホクたぬきでした。
仲間が続々と美味しく頂かれても、そのうち自分の番も来るしと日向ぼっこに興じていました。

そろそろ、自分も食べてもらおうかし。
すっかりぬくぬくになった身体で、マイペースなホクホクたぬきは伸びをしました。
ポテポテと歩き出し、採れたての仲間たちを調理している人間の元へ近づいていきます。
片手を挙げ、自らも調理を望む事を伝えました。
「食べて欲しいし…」
人間たちはホクホクたぬきの声に反応し、そちらを一瞥すると。
しかめっ面で追い払われました。
「…なんでし？」　　


仲間たちを食べて、お腹いっぱいになってしまったのでしょうか。
ホクホクたぬきは訳がわからぬまま、背を向けてトボトボと歩き始めました。
確かに太陽の温かさと、ほんのちょっと痛いのをイヤがる気持ちで決心が鈍り、食べてもらうタイミングを逸した感はありました。
それにしたって、あんなに冷たくしなくてもいいはずです。
冷たくするのはビシソたーぬを作る時だけで十分だと、ホクホクたぬきは思いました。
「食べ物は大事にして欲しいし…」


こうなったら同族でもいい。
美味しく食べてもらえるのなら。
畑を離れて、しばらく歩いていると。
野良たぬきの群れと出会いました。
大人3人に、子供4人の大所帯です。
あまりエサにありつけていないようで、普通のたぬきよりションボリして元気がありません。
チビ達は青白くげっそりした顔でｷｭｰｷｭｰ鳴いて、まま…お腹すいたし…と訴えています。
この子たちが成長する栄養になれるなら、ホクホクたぬきにとってはそれが勲章だと思いました。
「おーいもしもし…ホクホクたぬきだし…食べて欲しいし…」
再び、片手を挙げて自らの存在をアピールした自称ホクホクたぬきを迎えたのは、意外な言葉でした。
「おまえ…こっちくんなし…かえれ…！」
「えっ…し…」

「チビたち…見ちゃダメだし…目に毒だし…」
1人の野良たぬきがチビたぬきたちを後ろに隠し、
「こっちは用はないし…ばいばいし…！」
リーダーらしき野良たぬきが拒絶の意を示して自称ホクホクたぬきの手を払いました。
自称ホクホクたぬきは、残念ですが諦める事にしました。
ーーーあの野良たちには痩せ我慢の末に餓死にして欲しいし。
どす黒い気持ちを抱えて、自称ホクホクたぬきは野良たぬきの群れとすれ違っていきました。
「あいつ怖いし…きっと病気だし…」
後ろからヒソヒソ話が聞こえてきますが、なんて失礼なたぬきたちだと思いました。
モチモチとホクホクを兼ね備えたこの身体は、至って健康体です。
ちょっと土で汚れてる気もするけど、自然の風味というやつです。
同じ畑でリポップした仲間たちは、あんなにうまいうまいと頂かれていました。
自分だって、そうなれるはずです。


「だっしぃぃいい………！」
「たしけてしぃーーーー！」
「ちぃーーーーっ……！」
しばらく歩いて、後ろから弱々しい悲鳴が聞こえてきたので振り向くと。
たぬきもどきに、先程の野良たぬきの群れが食い散らかされているのが見えました。
こちらに助けを求めて駆けてきたチビたぬきが追いつかれ、しっぽから順に飲み込まれていきます。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの幼い顔が咀嚼の勢いで揺れながら、もどきの口の中に吸い込まれていき、諦めきれない手が最後まで空を掴んで上下に振られていました。
ホクホクたぬきは震えて、その一部始終を見つめていることしか出来ませんでした。
そもそもホクホクたぬきからすれば因果応報だと思っているので最初から助ける気は無く、動くつもりは「」の頭髪程もありません。
じゃがいものポタージュスープのような匂いの尿が、下半身を伝って地面に流れていきます。


「ヴッフ…キュウ…キュウウ…」
栄養の少ない痩せた野良たぬきでは物足りないのか、たぬきもどきは不服そうな声を漏らしました。
ーーーあいつ、まだお腹空いてるんだし。
たぬきの本能的には恐怖が先立ちますが、ホクホクたぬきは、ある考えにたどり着きました。
「この際もどきでいいし…食べて欲しいし…！」


「キュウン…？」
「もどき…たぬきも食べていくし…！さっきのたぬきより美味しいし…！」
両手を広げて、もどきの前に立ちはだかりました。
ホクホクたぬきの、僅かな勇気を振り絞った一世一代の行動でした。
ところが、当のもどきの反応というと。
「グゥゥウン…」
あいつは食べたらお腹壊しそうだし…とでも言いたげに、もどきは低く唸り声を上げて踵を返していきます。
もどきにすら無視される形で、ホクホクたぬきのなけなしの勇気は空振りに終わりました。
この際もどきでいいし、とか言ってしまったのを取り消したい気持ちで一杯になってしまいます。
「なんでし…？たぬきは一体どうなっちゃったんだし…？」
いくら考えても、答えは出ません。


「食べて欲しいし…誰でもいいし…たぬきはホクホクだし…！」
ポたぬチップス。ポたぬコロッケ。ジャーマンポたぬ。ビシソたーぬ。
自分は何にだってなれると思っていました。
痛いのはちょっとだけイヤだけど、美味しく食べてもらえるなら何でも良かったのです。
「どのホクホクたぬきよりも自信あるし…どして…どしてし…」
カレーだって、グラタンだって。シチューだって。味の濃い料理に入れられても主張出来る強さが自慢の品種からポップしたのだから、自分もそうなるものだと信じて疑いませんでした。
「し…」
でも現実は。
誰も、自分を受け入れてくれる者はいませんでした。
ホクホクたぬきにとって、これ以上の苦痛はありません。

畑の周りをうろうろする元気もなくなり、自称ホクホクたぬきはついに生まれた畑の地面に戻り、倒れ込みます。
暗くなりはじめ、周りには誰もいませんでした。
ふかふかで暖かい地面ですが、先ほどとは違ってまるで気持ち良く感じられません。
きっとこうしていたから、たぬきはこんな風になっちゃったんだし。
涙を伝うホクホクたぬきの頬からは、黄緑の芽が生え始めていました。
そうです。
ホクホクたぬきのたった一つの注意点。
それは、陽の光を浴びすぎるとソラニンという毒素が増えて食べられなくなる事です。
見た目も皮膚が黄緑色に変色し、明らかな異常が他者からも察せられます。
小学校で栽培したジャガイモを調理実習に使って、ソラニンが増えている事に気づかず食中毒で何人も運ばれた事例が実際にありました。
ズボラな性格が災いして、ホクホクたぬきはソラニンたぬきとなってしまっていのでした。

しかし、とうとう自身の異常に気がつけないまま、ソラニンたぬきは悔いを残して孤独に一生を終えました。
土の中に頭から突っ伏し、動かなくなったソラニンたぬきは畑の肥料として分解されていきます。
やっと消費してもらえましたが、ソラニンたぬきがその事を知る由はありませんでした。
そしてーーー。



「食べて欲しいし…」
「ホクホクですし…」
「ダメだし…？どしてし…？」
ソラニンたぬきそのものと、そのションボリを吸った畑から取れるホクホクたぬきは。
全てがもれなく、ソラニンたぬきとなってしまっていたのでした。
畑は使えなくなり、やがて。
まともなジャガイモも、ホクホクたぬきも取れなくなってしまいました。

この件以降、農家の間では畑に現れるたぬきはすぐに回収するか処分するのが通例となったそうです。


オワリ
